7月8日

16時30分起床。ぬるい夢をずっと見ていた。

早起きは三文の得、という。ならば遅起きはどれくらいの損害になるだろう。

 

最近は映画を見るか、タバコを吸うか、寝るだけである。

映画を見ること自体は問題ない。タバコは健康面からして良くないが、他の面では問題ない。睡眠は生活に必要不可欠だ。問題なのはこれら3点でのみ構成される生活である。3つの共通項は、その場でじっとしている状態であること。怠惰な生活は体をだらしなくした後に、その精神すらも堕落させる。

7月5日

14時ごろ起床。空腹により目が覚める。

 

ここ数日は風が強く、不安定な天気が続いている。

昼食を食べに軽トラックを走らせた際も、横風に煽られることがしばしば。

 

久しぶりにサイゼリヤに入った。ツイッターで「サイゼリヤの間違え探しが異様に難しい」と話題になっていたことを思い出し、間違い探しボートを手にとる。全部で10個の間違いがあるようだが、どれだけ粘っても8個しか探し出せなかった。40分くらいは探索していただろうか。頼んだピザがやけに不味かったので、もうしばらくはサイゼリヤでご飯を食べることはないだろう。軽く飲む程度であれば利用するかもしれないが。何しろ安価なので。

7月4日

15時起床。この怠惰を誰も咎めやしない。

 

講義を受けることにも慣れた。周りの学生は自分より4歳ぐらい年下だろう。疎外感はない。むしろ自分が若返ったような錯覚を感じる。安くない金を払って講師の一言一句をわざわざ聞きにいっているというのに、私ときたら十中八九は上の空である。頭に浮かんでいることは授業内容に全く関係のない事柄で、レジュメを棒読みする講師の言葉の価値には到底及ばない。

 

風が強い日の交通手段には、自転車よりも車を選びたい。今週いっぱい、強風と雨が続くと天気予報が教えてくれた。

6月26日

13時ごろ起床。

 

ダラダラ過ごした後、洗濯物を取り込む。洗濯物は日没までに取り込まなければならない。

 

その後は車で最寄りのモールへ。喫茶店で一服し、ユニクロで買い物を済ませる。会計後、3足セットの靴下を1足余分に買っていたことに気づき、再びレジへ。店員に謝っておいた。

 

夜はワールドカップを観た。番組表をなんとなく眺めていると、ラテ欄に「トキ消費」というワードを見つけた。

トキ消費。モノ消費からコト消費、そしてトキ消費へ。なるほど、確かにこの時流はあると感じる。ワールドカップもトキ消費だろう。リアルタイムだからこその感動がある。

これは全く人間皆が一様にしてわかりあえる共同体である、という前提に立つ考え方である。私自身、以前平田オリザ著『わかりあえないことから』を読んで以来、コミュニケーションはわかりあえないことから始めるべきものだと考えているので、上の前提には疑念を抱いてしまう。「わかりあえるはず」が進んでいけば、当然そこからあぶれてしまう者もいる。あぶれた者に非はないのに、「わかりあえないやつ」というレッテルを貼られ、ひどい場合は糾弾すらされよう。こういうことは単に考え過ぎなだけだろうか。

6月23日

13時ごろ起床。

特に何をするわけでもなく徹底してダラダラと過ごす。

 

夕方ごろに最寄りのブックオフへ。本を2冊購入し帰宅。

 

夕食後に、サンクラへ1曲アップロード。ラップ入りの曲を初めて上げた。

6月22日

午前2時ごろ起床。真夜中である。

 

サッカー観戦を中心にダラダラ過ごしつつ、仮眠もはさんだ上で、10時ごろに最寄り駅に向かう。10時30分ごろ、千葉駅に到着。18時ごろに始まる講義までの間、喫茶店を3軒、本屋を2軒回った。久しぶりに本屋でがっつり立ち読みしたら、腰がかなり辛くなった。そこまでして読みたい本はなんだったのか、それはオードリー若林正恭のエッセイだ。あまりにも面白い。そのまま勢いで買おうかと思ったが、もう少し経済的に安定するまで待つことにした。それにしても面白い。

本屋では2冊の新書を購入。うち1冊は伊丹十三著「女たちよ!」であるわけだが、途中ながら既に無類の面白さ。これまで自分が手に取ったエッセイの中でも恐らくはトップクラスである。

 

にしてもだ。生活サイクルが乱れに乱れて、もはや1周しつつある今日この頃だが、その理由はワールドカップに他ならない。コスタリカはもう毎大会出場してくれ。アイスランドに幸あれ。クロアチアはトータルでのチーム力が傑出している。優勝はスペインだと予想。ジエゴコスタがいるから。

 

6月20日

8時30分頃、友人宅にて起床。

 

京成線を乗り継ぎ10時ごろには千葉駅周辺に到着。初めて行く喫茶店のモーニングで腹ごしらえを済ませる。久しぶりにヘルスを利用、からの京成ローザで「50回目のファーストキス」を鑑賞。福田雄一と愉快な仲間たちのノリにはあまりついていけないのだが、何回か笑えたのでよかった。

 

ともかく、半年ぶりぐらいにちゃんと「休日」を楽しんだように思う。この感覚を体が覚えている。1人でオリエンテーリングするみたいに色んなところをぐるぐる回る。あまり余計なことを考えずに頭をほぼ空っぽにできてよかった。でもこの休日をまた再現するには、いまの俺にとって、いささか金がかかりすぎる。だから金を稼がないといけない。

 

とはいえ、ムカつくこともある。みんな「モテないモテない」って言いながら、でも上を見ながら、たまに羽目を外したり失敗したりする生活、そういう人がこれまで自分の周りには多くて、なんとなくだけどそれはこの国家社会にもなんとなく当てはまって。という感覚があったのだけど、ふとそれは違うと思い至った。よくよく周りを見てみると皆恋人がいる、いなくともセックスをしている、できなくとも恋をしてみている、つまるところ大体の奴らは結婚していく。だとしたらそれは紛れもない「モテ」だ。皆モテているのだ。皆モテているくせに、童貞映画で盛り上がったり、アイドルに熱をあげたり、俺なんてまだまだって顔してみたり、サブカルを消費したりしている。欺瞞じゃないか?というか、モテているならその道をひたすら進みたまえ諸君よ。俺のことは置いていけよ。君らが上げた平均値のせいで、自分がやたら矮小に思えるのは、私の被害妄想のせいでしょうか。

 

そんなモヤモヤをかき消すのは、唾奇。この動画をみて惚れた。SWとのアルバムが、前とは違って聞こえる。もちろんいい意味で。

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